志、未来へ繋ぎたい 皆様と共に行動を起こし、この危機を解決し日本の健康に貢献したいと願っています。

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2018年秋号

今号の内容

インタビュー
技術偏重の懸念を払拭する――今こそ外科のダイナミズムを
北里大学医学部外科 教授 渡邊昌彦先生

全国的に加速する若手医師の外科離れ。その状況は首都圏の大学病院でも同様です。このような厳しい状況にありながら、腹腔鏡下手術などの低侵襲な治療により患者さんの負担を軽減する取り組みを通し「患者さんの身体を癒す」医療技術の提供だけでなく、「患者さんの心を癒す」医師の育成に注力しているのが北里大学医学部外科です。教授の渡邊昌彦先生に若手医師の育成に対する考えや取り組み、若手への期待などについて伺いました。

Perspective
医師の働き方改革の行方~自己研鑽をどう考えるか~

医師の残業時間規制の在り方など医師の働き方改革の大波がやってきている。その中でも医師の自己研鑽は労働か否かの議論が熱い。

技術偏重の懸念を払拭する――
今こそ外科のダイナミズムを
北里大学医学部外科 教授 渡邊昌彦先生

全国的に加速する若手医師の外科離れ。その状況は首都圏の大学病院でも同様です。このような厳しい状況にありながら、腹腔鏡下手術などの低侵襲な治療により患者さんの負担を軽減する取り組みを通し「患者さんの身体を癒す」医療技術の提供だけでなく、「患者さんの心を癒す」医師の育成に注力しているのが北里大学医学部外科です。教授の渡邊昌彦先生に若手医師の育成に対する考えや取り組み、若手への期待などについて伺いました。

近年の若手外科医の採用状況について教えてください。

渡邊(敬称略) 新医師臨床研修制度が始まった2004年以降、外科離れに拍車がかかっていることを実感しています。採用人数は毎年変動がありますが、近年採用枠の定員が満たされることはなかなかありません。

若手外科医の入局を促すために取り組んでいることがあったら教えてください。

渡邊 いくつかありますが、そのうちのひとつは研修医との距離を近くすることです。様々な課題には医局員全員で取り組み、コミュニケーションがトップダウンではなく、常に双方向であるように心がけています。若手の医師が遠慮して意見を言えないチームでは、医療を安全に遂行することが難しいからです。
チームワークを損うと、手術中の事故につながりかねず、外科においては良好なチームワークが欠かせません。そのためときには厳しく指導することはあっても、怒鳴るなどして部屋全体の空気を悪くし、チームワークを損なうことはないよう医局全体で留意しています。

もうひとつの取り組みは外科のダイナミズム、面白さとはなにかを説明し、実感してもらうことです。
たとえば目の前に胃がんの患者さんがいたとします。手術というのは患者さんにとっては一生のうちに一度あるかないかの大イベントです。患者さんは自分の命と引き換えに「病を癒してくれるのであれば、外科医に身体を任せます」という絶対的な信頼を私たちに寄せます。この強固な信頼関係があってこそ手術は成り立ちます。その患者さんは胃がない生活を強いられるようになるわけですから、術後の負担が最小限になるよう全力で取り組むのが私たち外科医の仕事です。手術が終わると患者さんは外科医が手を加えた身体で再び「食べ始め」「飲み始め」「歩み始め」ます。そして社会に復帰し、やがて仕事をし、はたまた恋愛もするかもしれない、家族と仲良く暮らすかもしれません。
このような一連の流れを患者さんとともに経験できることが外科医の生きがいであり、ダイナミズムであると考えています。これは外科医にしか成しえない素晴らしいところだと若手外科医にしっかり伝え、感じてもらうようにしています。

若手外科医の指導の際には具体的にどのようなことをなさっていますか。

渡邊 患者さんに対してどのように接するのかは私自らを見てもらうようにしています。病棟の患者さんを診察するときには若手の医師を1~2人ほど連れて私がどう接するのかを見てもらいます。手術前後のムンテラの際も同様です。患者さんに対して、どのように説明するのか実際に見てもらっています。
 一方で難しいと感じるのは、いくら若手とはいえ指導する相手が大人だという点です。それぞれの家庭で教育され、小中高、そして大学で教育されてきた若手医師の人間性はすでに形成されています。患者さんに対する 「作法」は教えられますが、たとえば患者さんに対して高圧的に接してしまう「感性」を変容させることは容易でないと感じています。

若手のキャリアはどのように整備されていますか。

渡邊 外科医になってメスを握ることが一番楽しい時期はいつか。それは毎日新しいことを覚えて、違うことに挑戦できる入局して3~4年間です。この期間にできるだけ多くの患者さんを診て、手術も沢山できる環境にいられるよう出張先に配慮します。そのあとのフォローも欠かしません。1年後に本人と指導医の双方から話を聞くとともに、実際に経験した症例数も調べ、その出張先での勤務年数を決めます。出張から大学へ戻ってきたタイミングで外科専門医を取得できるように配慮し、その後大学でチーフレジデントを終了した段階で臨床に邁進するのか、それとも研究を志向するのかを本人たちに選択してもらいます。
 さらに、若手医師が将来に不安を覚えず、安心して働けるようなるべくセーフティーネットを張るようにしています。当然ですが、若手全員の背景は一律というわけではなく、外科医としての実力もさることながら、将来への希望も異なります。誰しもが大学に残りたいわけではなく、いずれ地元に帰って親のあとを継ぐという医師もでてまいります。外科医の多忙さにバーンアウトすることもあります。
 将来何かが起きても彼ら医師が困ることがないように、外科的なスキルのみならず、例えば消化器内科医としての知識やスキルも身につくよう、全員が内視鏡やエコーもできるように教育しています。

これからの若手医師に期待することについてお聞かせください。

渡邊 私自身は内視鏡外科を推進してきました。内視鏡外科は手技や技術が明確にビジュアル化されるのが魅力的で、若手の医師のなかにもその点に惹かれて入局してくれる方が多くいます。それはとてもありがたいと思っていますが、その反面、若手が技術偏重になってくるのではないかと懸念しています。若手の医師には手術手技はもちろんですが「外科学」というひとつの学問も忘れずに研究する時間を持って欲しいと思っています。
また、外科医は患者さんが最も弱くなっているときにその身体にメスを立てます。今後はテクノロジーがますます進化してロボットなど便利な機器が一般的になってくるかと思いますが、そうなると人間自身が人間を手術をしているのに「ヴァーチャルな世界」に陥ってしまう医師も出てくるかもしれません。だからこそ、私たちが向き合っているのは「人間」だということを忘れず、誰よりヒトに優しいヒト、そのような外科医であってほしいと願っています。
今後AIが導入され診断学はあらゆる面で変化する可能性があります。しかし外科は千差万別な「人の身体」に合わせて自分たちの技術を注ぐ仕事です。こういった仕事は今後100年とAIに代わられることなく、むしろ共存してさらにテクノロジーを進化させる最先端にいられる魅力的なものだと考えます。

写真:渡邊 昌彦先生

渡邊 昌彦先生

北里大学医学部外科 教授
1979年慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学外科学教室入局、国立がんセンター、米国ワシントン州立大学等を経て、1992年慶應義塾大学医学部助手、2000年同講師を歴任。2003年北里大学医学部外科教授就任。2007年北里研究所病院内視鏡手術センター長併任。大腸疾患の診断・治療、とくに内視鏡外科手術を専門とする。

Perspective

医師の働き方改革の行方~自己研鑽をどう考えるか~

医師の残業時間規制の在り方など医師の働き方改革の大波がやってきている。その中でも医師の自己研鑽は労働か否かの議論が熱い。

医療現場で医師の自己研鑽と考えられている行為の例

医師の働き方改革の議論が続いている。中でも、「自己研鑽」が労働時間に当てはまるか、また「自己研鑽」の範囲はどこまでか、等の医師の教育の在り方を左右する議論が繰り広げられている。上限なく自己研鑽を労働時間にしてしまうと残業の上限規制に引っ掛かり、労働安全衛生上の問題や経営上での人件費の高騰を招く。一方、自己研鑽を厳しく制限してしまうと医師の医療技術の向上が停滞し医療の質低下や医師自身のモチベーション低下が起こってしまう。

特に、外科医は手術件数と技量が比例するため研鑽は必須であり、医療の進歩に伴い勉強に要する時間も増えている。さらに、研鑽を積みたい若手医師にとって、「手術や処置の見学の待機を切り上げて早く家に帰りなさい」という上長の指示は不評であり、もっと勉強機会を与えて欲しいという声が多い。さらに医師は最新の医療水準を保たないと訴追されるリスクも抱えている。とはいえ、「医療のために残っているのだからいつまで残っていてもいい」とはならず、自己の健康確保措置は必要であり、労働生産性の視点からも意味のない居残りは許されるものではない。
そこで、労使ともに自己研鑽の認識についての線引きが必要となり、それが現在進行している厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」で熱く議論されている。参考までに、「病院勤務医の勤務実態調査」(平成29年度厚生労働行政推進調査事業費「病院勤務医の勤務実態に関する研究」)における他計式調査において「自己研修」として記録された行為をもとに、医療現場で医師の「自己研鑽」と考えられていると想定されるものを検討会の事務局において列挙したものを提示する。このように、自己研鑽に関する指針が必要と考える委員も多く、具体的に労働時間に当たるか否かを整理する方向へと議論は動いている。自己研鑽の労働時間該当性を判断する場合、該当行為については時間外労働の上限規制がかかることとなるため、今後の働き方改革の行方を左右する内容ともいえる。

写真:裵 英洙 先生

著者プロフィール
裵 英洙

病院経営コンサルティング会社
ハイズ株式会社代表
(医師・医学博士医・MBA)