志、未来へ繋ぎたい 皆様と共に行動を起こし、この危機を解決し日本の健康に貢献したいと願っています。

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2013年2月

目次

基調講演

学校法人東邦大学 理事長 炭山 嘉伸先生

テーマ「血をみない外科医を目指す」

がん研究会有明病院 消化器センター 
上部消化管担当副部長・栄養部部長 比企 直樹先生

テーマ「今こそAcademic Surgeonの時代だ!」

日本医科大学 消化器外科助教 水口 義明先生

テーマ「ママさん外科医の挑戦」

日本医科大学 乳腺外科 助教 柳原 恵子先生

テーマ「若き外科医に期待すること ~25年余りのがん、心臓病闘病体験から~」

日本対がん協会 常務理事 関原 健夫先生

テーマ「外科医になるべき3つの理由」

東邦大学 医療センター 大橋病院 外科 教授 斉田 芳久先生

テーマ「外科医って何がいいんだろう?」

杏林大学 消化器外科 准教授 阿部 展次先生

特別講演

国際医療福祉大学 学長 北島 政樹先生

日本対がん協会 常務理事 関原 健夫先生
~ テーマ「若き外科医に期待すること ~25年余りのがん、心臓病闘病体験から~」 ~

私が今ここに立っているのは、外科医のおかげだと言って過言ではない。外科医がどのような活躍をしてくれたのかということを、私の病歴から紹介したい。

私は1984年に、転勤先の米国で大腸がんであることが分かった。5年生存率は2 0%以下だと言われて、半ば人生をあきらめて手術を受けた。手術をした2年後に大腸がんが再発し、肝臓へも転移していた。手術をした後も、2回目の肝転移手術を受け、3回の肺転移手術も受けた。幸い、90年を最後に転移していない。だが、それだけではない。96年には狭心症を患い、心臓バイパス手術も受けた。さらに、右冠動脈のステント留置術を2回、急性心筋梗塞の手術を1回、左冠動脈のステント留置術を1回受けている。ここまでたくさんの手術を受けながらも、今は元気でこの場に立っていられるのは、日本の優れた技術力を持っている外科医の功績と言える。

米国人医師からは「米国なら、(転移を繰り返す患者に手術しないので)あなたは死んでいてもおかしくはないし、自己破産している可能性もある」と指摘されたことがある。日本は、外科技術が世界でもトップレベルであるうえに、医療費の自己負担が低く、私が手術を受けた当時は1割、現在でも3割で済むことも大きい。

数々の手術を受けた経験から分かったのが、外科医や看護師など手術を支えるスタッフがいかに過酷な仕事をしているかということだ。手術を受ける前は「医者は威張っている」「看護師はツンツンしている」と、正直、医療従事者にそれほどいい印象を抱いていなかった。だが、夜も昼もなくベッドサイドに寄り添い、患者に親身になってくれる姿を見て、考え方が180度変わった。

これからの外科医に望むこととして、幅広い知識や語学力などに加えて、人間力をつけてほしい。私は「ここまで外科医が頑張ってくれても治らなかったら仕方がない」と思えるほどの心境になった。現在は、外科手術に関する診療報酬が上がってきたとはいえ、病院の収益が向上しても、外科医の待遇がそれほど良くなっているという話をまだ聞かない。外科医の待遇を上げるべきだということを、まずは当の本人たちが声を上げることから始めてほしい。

関原 健夫先生の公演内容はこちら

動画を見る(You Tube)

演者略歴

関原 健夫先生

関原 健夫(せきはら たけお)先生 (昭和20年9月23日生)
日本対がん協会 常務理事
【学歴】
昭和44年3月 京都大学法学部卒業 卒業
【職歴】
昭和44年4月 株式会社日本興業銀行入行
平成8年2月 同 総合企画部長
平成9年6月 同 取締役総合企画部長
平成10年6月 同 取締役営業第五部長
平成12年4月 興銀信託銀行株式会社 常務取締役
平成12年10月
 
みずほ信託銀行株式会社
常務執行役員流動化商品本部長
平成13年6月 同 代表取締役副社長
平成16年6月
 
日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社 代表取締役社長
平成20年6月 同 退任
現在
 
 
楽天銀行㈱取締役、
協同油脂(株)・ティーケーピー(株)監査役、
(株)コーポレートディレクション・CDIメディカル(株)顧問
(公財)日本対がん協会常務理事
中医協(中央社会保険医療協議会)公益委員、
がん診療連携拠点病院の指定に関する検討会委員、
高度医療評価会議委員
独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構業務評価委員
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